解決事例

2024/05/08 解決事例

想い出の場所

家賃滞納を理由に、アパートから退去させてくれという依頼はよくあります。この話は少し変わった明渡しの話です。

 

 古い木造2階建アパートに、年をとった男性が一人だけ住んでいる、家賃をずっと滞納しているだけでなく、電気も水道も止められ、ろうそくの灯りで暮らしている、水は近くの公園で汲んでいるようだ、何度出ていってくれといっても出てくれない、アパートが老朽化しているので、この人が退去したら取り壊したい、このような依頼でした。

 ろうそくの灯りで暮らしているというのは、火事の心配もありますし、公園で水を汲んでいるとなると「明渡し」より「助け」が必要ではないかと思いました。

 親族を捜したところ、千葉に姉が一人いることが分かり、千葉の姉宛に、弟の現状の説明をし、引き取ってやったらどうかという手紙を出しました。

 しかし、まったく返事がなく、年の暮れになりました。

 仕方がないので、契約を解除して明渡しを求めることにしました。

 契約解除通知については、書面が届いていないと言われることが多いので、内容証明郵便を使いますが、この人はそもそも郵便を受け取りません。

 そこで裁判所の執行官に郵便物の送達をしてもらうことにしました。

 数日後、執行官から電話があり、暗くなってからアパートに行った、〇〇さんいますかー、と何度か声を掛けたら、真っ暗なところから、ろうそくを持った男が出てきて、〇〇は俺だ、というので、その男に書面の内容を説明して送達手続きをしてきた、とのことでした。

 年が明けました。

 正月の4日か5日に大家から連絡があり、アパートに行ったところ、アパート前の雪に足跡がまったくないので、警官と一緒に部屋に行ったら死んでいたとのことでした。

 その後、千葉の姉から話しを聞きました。

 母と自分、弟の母子家庭で入居し、自分も弟も大きくなってアパートを出て、母が一人で暮らしていたが、弟だけアパートに戻って母と暮らし、母が亡くなった後も弟一人で暮らしていた、一緒に千葉で暮らそうと弟に話したが聞いてくれなかった、とのことでした。

 とりあえず明渡しは終了しました。

 亡くなった人について何も知りませんが、たとえ朽ちかけたアパートであっても、この人にとっては、離れがたい大切な「想い出の場所」だったのではないかと感じました。

 

 ちなみに、この人が生前、最後に会ったのは執行官だと思いますが、知らない方がよいと思い、亡くなっていたことは、今も話していません。

© 斉田顕彰法律事務所