2024/08/11 解決事例
猫屋敷
アパートの賃貸契約終了時の原状回復と国土交通省のガイドラインの話です。
築5年の2階建のアパートに入居し、それから20年暮らした男が、脳梗塞で寝たきりとなって退去となりました。男は単身者で、猫7匹を飼っていました。
部屋にはキャットウォークが張りめぐらされ、至るところ猫の引っ掻き傷だらけであるだけでなく、床は猫の糞が乾燥し砂漠の砂のようになっています。また、ニオイがもの凄く、他の部屋から苦情が出ています。
大家が業者に原状回復の見積りを依頼すると、壁や床の下地木材まで交換しないとニオイが取れないとのことで、工事代は350万円でした。
男の父親が連帯保証人でしたが、原状回復するとは言ってくれません。
高齢の大家から、依頼を受けました。
アパートの契約が終了すると、賃借人は部屋の原状回復をしなければなりません。これは契約に書いていなかったとしても、法律に規定があります。
ところで、原状回復とは、借りた時の状態に戻すという意味ではありません。
普通に使用して傷む分は、もともと家賃に含まれています。
また、時間の経過で劣化していくのは当然のことなので、これも元に戻す必要はありません。
原状回復は、使い方が悪くて傷んだ部分を元に戻すことです。
ここで問題となるのは、時間の経過で劣化することと、使い方が悪くて傷んだこととの関係です。分かりやすく言えば、「古くなった部屋は、壊して構わないか」ということです。
国土交通省は、原状回復をめぐるトラブルの防止のため、「原状回復ガイドライン」という指針を公表しています。この中でも、原状回復とは、借りた時の状態に戻すことではない、普通に使用して傷む分は、もともと家賃に含まれている、時間の経過で劣化していくのは当然のことなので、これも元に戻す必要はない、としています。
一見すると当然のことを言っているように思いますが、現実は違います。
原状回復ガイドラインは、「時間の経過で劣化」の基準を、税務上の「法定耐用年数表」に求めました。
この考え方に基づくと、借りて20年も経過すれば、ほぼすべて耐用年数を経過しているから、「壊しても許される」という理屈になります。実際、原状回復を求めて裁判を起こすと、相手方は、「原状回復費用は1円」と主張しました。
国土交通省の原状回復ガイドラインに対する裁判所の受け止めは、裁判官によりけりですが、採用する、参考にするというのを併せると、ほぼ8割と思います。
しかし、税務上の「法定耐用年数表」は、減価償却費の計算のためのもので、減価償却費とは商売で使用する物の取得費について、税金において、何年間、経費として認めるかということです。
他方、賃貸アパートの経年劣化というのは、契約時に新築だったか、契約期間中の管理状態などさまざまな条件で変わるものです。それを機械的に、「畳は〇年、クロスは〇年、キッチンは〇年」などとするのは間違っています。
ちなみに交通事故で、自家用車の時価が問題となることがありますが、時価を定めるのに、法定耐用年数は問題とされません。
工事代350万円は、さすがに無理と思いましたが、裁判所が認めたのは50万円程度でした。これでは猫屋敷の猫のニオイは解消できません。滞納していた家賃は保証人が支払ってくれたので、結局、家賃が原状回復に充てられました。
役所の作ったものだから正しいということはありません。国土交通省の原状回復ガイドラインは、肝心なところで詰めの甘い、言い換えると手抜きの指針だと思います。