解決事例

2024/06/01 解決事例

動かないで下さい

 民事と刑事の話です。

 新入生の女の子が大学のキャンパスを自転車で走っていると、前方に白い杖をついた男がいました。間隔を開けて通り過ぎようとしたところ、男の杖が自転車の車輪に挟まり、男は倒れました。 男は、警察に被害届を出す、学校にも連絡すると言いました。

 私は、この男との示談の依頼を受けました。

 弁護士は依頼を受けると、相手に受任通知を出します。目が見えないと読めないとは思いましたが、とりあえず普通に通知を出しました。するとこの男から電話があり、「点字にして出し直せ。」と言われました。 誰かに読んでもらっただろうと思いましたが、喧嘩しては示談が出来ないので点字で出し直す約束をしました。

 それから点字で書面を作ってくれるところを探し、視覚障害のひとたちの協会に事情を説明したところ、点字書面を作ってくれることになりました。点字ワープロというのがあり、点字を打つと機械が次々読み上げします。協会の人も視覚障害の方でしたが、点字がサイコロから考案されたとか、視覚障害でも、まったく見えない人は少数で、少しは見える人が多いとか、いろいろなことを教えてくれました。                                   玄関まで見送ってくれ、最後に「この男は視覚障害者ではないという噂がある」と教えてくれました。

 男のアパートを訪ねました。男は白髪混じりの長髪で、40位に見えました。部屋のテレビは映っていました。事故について謝罪をし、少し雑談をしました。男の話では、高校生の頃、工事現場で事故に遭い、目が見えなくなったということでした。

 翌日、市内の全部の警察署に、今回と同様な案件がないか照会しました。しばらくして、この男かは分かりませんが、同様の案件が市内のあちこちで発生していることが分かりました。おそらく1つの警察署にしたら、数件しかないので、不審に思っていないのだろうと思いました。    ただ、民事は証拠がすべてです。これだけではこの男と裁判をしても勝てません。

泣き寝入りかと思ったところ、不意に、警察から電話がありました。

 「捜査中なので、これ以上、動かないで下さい。」。

 しばらくして、この男は逮捕され、目が見えていたことも明らかになりました。

 

楽をしたいのは皆同じです。ただ、視覚障害者のフリをして悪事をはたらくのはゆるされません。

社会には、一般人どうしのいざこざという横の法律関係(民事)と、国家と犯罪者という縦の法律関係(刑事)があります。  この男には、民事は分かっても、刑事は分からなかったのだと思います。

  それにしても、行動を警察に監視されるのは、気持ちのよいものではないですね。

 

© 斉田顕彰法律事務所